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絵手紙創始者・小池邦夫は、幼い日、故郷松山の大山積神社の鳥居に彫られた三輪田米山の書にひきつけられて以来、書家を志しました。高校卒業後、芸術を学ぶべく東京学芸大学書道科へ進学します。しかし、臨書の繰り返しに疑問をいだきはじめ、自分のエネルギーの捌け口として同郷の友人・正岡千年氏あてに手紙を書き始めました。

模索を続けた二十代、生涯の師となる作家・瀧井孝作、画家・中川一政と出会い、作家とはなにかを体当たりでつかもうとしました。

このころから小池は手紙というスタイルの中で、詩・書・画三位一体の表現世界を創り出していきます。

「我が心のうちにあるがまま、技よりも心の震えを伝えようとする。一人の心を感動させる手紙は、万人をも動かす」という信念が今も創作活動の柱となっています。

そして転機となる1978年、37歳。

「季刊 銀花」で一年間をかけて六万枚の肉筆絵手紙を発表し、これをきっかけに絵手紙は世に知られるようになりました。以来二十五年。現在でも絵手紙人口は増え続けています。

「ヘタでいいヘタがいい」をモットーに、いまや国内はもとより海外にも輪は広がり、言葉の壁を越えて普段着のアートとして、人と人との心をつなぐ絵手紙。

携帯電話やパソコンでのやりとりが日常となった現在、「心の絆」を一枚のハガキに託して、生きる歓びを伝え合う絵手紙は幅広い世代に共感を得ています。


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